院長コラム
Column

できるだけ論理的に

2025年12月27日

「もう少し論理的に物事を考えてみては」というと言われると少し上から目線でいやな気になるのかもしれませんね。

しかしそれでもあえて言いますと、論理的に物事を考えることができればいろいろよいことがあります。

論理的に物事を処理することができれば感情的にも安定しそうです。

なんとなくわからないけど、いやな気がするというのは感情的に振り回されてうまく論理的に処理できていない時もあるのでしょう。

少々偉そうなことをいっていますが、もちろん私自身もそうでない部分も多そうです。特に若い時代は感情的に振り回されていたのだと思い返されます。

学生時代、ほとんど論理的に物事を処理するという意識はほとんどなかったような。

日本の学校では、詰込み型の暗記教育中心で、論理的思考を養う教育はほとんどされていなかったということなのかもしれません。

実際に働きだした研修医の時代、上司から「君の言っていることは論理的ではないのでよくわからない」と何度もだめだしされていたのを思い返されます。

そしてその後の大学院での研究生活でも、客観的かつ論理的に考えるためのトレーニングだったともいえそうな。

不器用な私だからこそ、論理的思考は生まれながらの資質ではなく、その心がけと実践により培われるものであると感じます。

それでは論理的になるにはどうすればいいのでしょうか?

まずは 言葉の定義や情報を明確にすることです。

論理が破綻する最大の原因は、前提となる情報があやふやで主観的だからです。できるだけ事実をもとに判断するべきなのです。

自分の「解釈」を「事実」として語らないように注意が必要です。

例えば「彼はやる気がない」というのは個人の意見で、「彼は今週2回遅刻をした」というのが事実です。

「もっと頑張る」といった曖昧な言葉ではなく、「明日〇時までに仕上げる」などを具体的・定量的に表現することも必要です。

そして情報が整理できたら、表面的な現象だけでなくその原因を探します。

「最近血圧が高い」→ なぜ? → 「不規則な生活で体重が増えた」→ なぜ? → 「会社の仕事が忙しく余裕がない」→ なぜ余裕がないのか? という感じでしょうか。

トヨタ式では「なぜ」を5回繰り返すと、本質的な解決策が見えてくるとされています。

そして、そこから言える「結論」を導き出されます。

論理的な結論が決まると、することが明確になり、無駄に悩む必要がなく機嫌もよくなります。

日常診療においても、「薬を飲むことが悪い?」「ワクチン接種は陰謀?」などなど、かたよった前提や感情に振り回された論理的ではない解釈もおおいようにも感じますので、その解釈には注意が必要です。

気がつけば年の瀬も迫り、あっという間に一年の終わりを迎えようとしています。

今年を振り返り、少し論理的に年始の目標を整理できれば気持ちよく新年を迎えることにも繋がりそうな気もします。

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